「ストリートファイター」の筐体を見たことがある。
「ストリートファイターⅡ」、いわゆる「ストⅡ」ではない。「Ⅱ」とあるからには初代が存在しなければならず、その初号機、無印の「ストリートファイター」なのである。
もう30年近く昔のことになるのだろうか。予備校行きの電車を途中で降りて、市のはずれの、壁にべっとりと染みのついたデパートに迷い込んだ。
最上階のゲームセンターは狭く、ひとけがなかった。その入口に、無造作に「ストリートファイター」が置かれていた。
やけに巨大な筐体で、やけに巨大な操作パネルがついていた。タンバリンくらいの方向ボタンと、オレンジくらいの打撃ボタン。
「思いきり体を動かして遊べる」というのが、たぶん製作者の意図だったのだろう。
巨大なボタンを、みんな知っているあの動きで叩くと、昇龍拳が出たりするのだが、そのためにはこちらの肉体に相当な負担がかかる。
「思いきり体を酷使して遊ばされる」という結果につながったから、「Ⅱ」からはあのような操作盤になったのではないか。
プレイヤーが操作できるのは、リュウ一人だけだったはずだ。
当時、もうストⅡは人気を博していて、自分も百円玉をやたらつぎ込んでいた。春麗しか使えなかったが。しかもスピニングバードキック出せなかったが。当然ボロ負けしていたが。それでも春麗に大金を(予備校生のレベルにおいてです)つぎ込んでいたが。ああ、𠮷原通いの若旦那ってこんな感じの馬鹿なんだろうな、とは思っていた。親の金です。いろいろすみません。
だから元祖「ストリートファイター」を目前にしたとき、百円を入れなかったのは奇妙なことである。
何を考えていたのだろう。
当時の生活全体を通して、何を考えていたのだろう。
予備校をさぼり、勉強もせず、友達もおらず、恋なんか別次元の話で、古本屋とゲーセンばかり入り浸り、そのあとどうするつもりだったのだろう。
などと考えている今も、あと10年すれば、「何を考えていたのだろう」と思う日が来るのだろうか。
来るだろうか。来るといいな。来てほしい。
そのとき、自分にとっての「百円を入れなかったストリートファイター」にあたるものは何だったのか、少し、楽しみにしている。
時間は流れる。
いま、ストリートファイターシリーズがどこまで進化しているのか、僕は知らない。
それだけで、いまの自分が、あの頃からは変形していると思いたい。
ところで生涯、ついに昇龍拳も波動拳も出さずに終わりそうなのだけれど、まあ、そういう人生なんである。
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