水の星から愛をこめて


 
 小泉武夫のエッセイだったかと思うのだが、南方の皇軍兵士が餓死しかかって、「隊長殿、このみみずを食ってもいいでありますか」、ということで隊員みな土を掘って煮て食したところ、「隊長殿、なんだか涼しいであります」「自分もであります」「自分も」、ああそういえばお祖母ちゃんが「熱冷まし」にみみずを煎じてくれたことがあったなと隊長は感慨にふけったが、時すでに遅し、熱帯の一夜、小隊全員解熱して過ごしたという、笑えばいいのかわからない与太話がある。
 
 それとは関係無しに、少年時代、みみずを飼っていた。
 飼育方法は簡単、木の箱に土を詰めて、みみずを入れるだけ。水も餌もいりません。時おりほじくり返して遊ぶこともできます。
 大小合わせて七匹ほど飼っていた。
 愛らしい、わけでは全くない。
 遊んでも、何にも楽しいことはない。
 体長の昇順でならべて、「おお、お前、大きくなったなあ」と呼びかけてみても虚しいきりである。
 自分が何をしたかったのかわからないが、みみずは土の栄養分を補給して、濾過して排泄し、それをさらに補給するという、今考えれば安部公房「ユープケッチャ」はこの辺から着想されたのではないか、と思わせる時間的な生物である。
 時間のなかに、自分がいるということ。
 それは、全く想像することができない巨大なもの(神、とは呼びたくない)の手によって、自分は箱の中に入れられているのではないか、と空想することだった。
 大人になった今も、自分は箱の中かもしれない。その証拠に、僕は僕から出ることができないのだった。

 ところで全く季は違うが、俳句の「蚯蚓鳴く」を考えた人は、長いことみみずを飼っていたかもしれない。僕はみみずを一ヶ月で捨てた。

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