地球に触れてみて、丸いから |
八月十二日
花屋で菊を買う。
千春さんと二人で、というか千春さんに引っ張られて、お殿様のお墓参りに行く。
住んでいる団地が城址の隣で、千春さんは盆が近いせいか——他にいろんな理由があるのかはわからない、引っ越してはじめてのお盆——合戦の音や、野武士さんに泣きつかれたりの幻聴して、ちょっと大変らしい。
「肩が重い……何人もの人がのしかかってくる感じ……」
「へえ」と卵焼きを食べている僕へ、
「ほんと、そういうカンがないね。いや私のも幻聴なんだけど」
「こればっかはなあ。才能の問題なので」
「おじいちゃんが苦笑いしてるよ」
千春さんによれば、僕の背後にはいつも父方の祖父、母方の祖父母がついていてくれるらしい。そう言われてもなあ。全く感じた経験がないので。
頼りにならない僕に見切りをつけ、お寺に電話相談したらしい。今日出かける僕へ、
「供養してあげるといいんだって。お水を供えてあげるといいんだって。ペットボトルのミネラルウォーターでいいから買ってきて」
というわけで用事を済ませて、セブンで榎本さんのネプリ出したあと、少し迷って「南アルプス天然水」を買って帰った。
「おかえりー。雨が降るんだって。お墓行こう。——南アルプス水?」
「この辺のお殿様だからさ、気を配った」
「私の幻聴だけどな」
外に出ると、雨だれが一滴、首筋に落ちた。泥棒草でいっぱいだった草むらは、すっかり刈り取られていて、拍子抜けした。それでも道なき道を十メートルも進むと、お殿様のお墓がある。
菊と水を供えて、線香焚いて、拝んだ。
「千春さんを守ってください千春さんを守ってください僕も守ってくださいいや僕は守らなくていいです本当ですというかこうやって思考していることはどこまで純粋に真なのだろうか人の思考が言語化された時それは真と呼ぶ余地すらないかもしれずだからこそ祈りという現象があるのかもしれない千春さんを守ってください」
顔を上げると、千春さんはとっくに拝礼をやめていた。
「長時間拝んでたねー。何かお願いした?」
「秘密」
とこうやって書いたのでもうノーシークレットです。
雨は結局降らなかった。
で、千春さん、居間にもお供えするのはいいが、『ディファレンス・エンジン』『完全な真空』『神獣聖戦』とか並んだ本棚に捧げるのはどうかと思う、と言ったら、「百合漫画よりふさわしいんじゃない?」と返事された。
確かにそうかもしれない。『この不思議な地球で』とかしっくりくるかも。でも小松和彦とかも入れてるしなあ、かなり微妙。
ところで酔っぱらった彼女、「実はトトロを見た」と教えてくれたので、素敵な冒険がはじまります。そんなわけで明日からお盆です。
ジョン・ウェイン素手でヨードを和えている 大祐
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