過去はどうしようもなく、狡い |
八月十六日
母の誕生日。
73歳になったのか。YouTuberデビューを狙っているとのことだったが、何か進歩はあったのだろうか。実際に配信開始したら、僕もコラボするのに。母が母なら子も子だ。ちなみに、もう一人の子である妹は、「絶対やめて!!」と阻止している。妹よ、君は正しい。
誕生日がお盆のあたり。結婚記念日が春のお彼岸。
「何で毎年、こういう日に天婦羅揚げてなくちゃならんの!?」
とよく嘆息していた。この界隈はこの時期天婦羅を食べるのです。ちなみに「天婦羅饅頭」という衝撃的な食べ物がある。
ずばり、「こしあんの饅頭を天婦羅に揚げた」だけのもの。
形だけ見ると、「わあーい、肉の塊だ〜」、で口に入れると、容赦ない甘味と油分が全身を震撼させる。糖分+脂質の凶悪夢のコラボレーション。
知り合いの東京出身者は、「悪魔の食べ物だ」と言っておそれている。うまいのに。
それはどうでもよかった。
母親が73歳。花屋に「できるだけ安く花束作ってもらええませんかね」と電話する。
「大丈夫です。でも、午後四時までに取りにきていただけませんか? 店閉めますので」
現在時刻、午後三時二十七分。
テリオスキッドに飛び乗る(と書くとなんかかっこいい気がする)。
盆の終わった町はだらしなく暑かった。ヴァン・ヘイレンを流す間もなく花屋に着く。
母親の名前が「紫」を由来としているので、紫色を中心にまとめてもらった。
実家は相変わらず開けっぱなしだ。
母親の部屋をノックして、
「63歳おめでとう」と花束をわたす。
「そうなのよー。『53歳になっちゃったー』って周りに言ったら、『ええっ!?そんなに歳言ってたんですか! 若く見えますねえ』って驚かれたのー。やっぱ43歳にもなるといろいろ辛いわねー」
図々しさは僕も似た。
「YouTuberどうなった?」って訊くと、「いや、もうやめた」
「Twitterでネタにしたら、50いいねくらいついたんだけど……」
「それじゃやらなきゃ!」
どこまで本気なのかわからない。そこも僕は似た。
「やれることはやっておかないと。もう33歳だし」
時間感覚がおかしなことになっているが、気にしない。元来「母」というものは常に自分に先行して在るものだ。だから人は母を基準に時間を知る。今の僕の時間が歪んでいようと、僕は僕の時間で生きてゆく。
「あ、天婦羅饅頭持ってく?」
「いやああああああああああああああああああ!」
と横にいた千春さんが絶叫する。はい悪魔の食べ物言ったのこの人です。東京生まれだから仕方ない。そういう問題だろうか。
帰り道もごく浅い夕暮れ、暑くて言葉少なめだった。
「お母さん、昔は綺麗だった?」
「全盛時はね」
「そういうこと、パートナーに言う?」
そういえば句を贈ってこなかったのでここに書いておく。いい句ではない。
狸鍋母のバイクに波打って 大祐
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