友よ、地球は遥かに遠い 友よ、宇宙服は更衣室で脱がない |
八月二十八日
たとえば、「仮面ライダーについて語る」ことは、とてつもなく愚劣な行為であったはずだ。醜い、とさえされた時代があった。
いつの間にか、思想家が難しい顔をして「ライダーにおける正義とパーソナリティと……」とか説きだす世の中は、本当もううんざりだ。どうしたってデザイン変だし。おめでとうBANDAI、としか言えない商品展開だし。
(戦隊だろうがプリキュアだろうが、別に何だって同じだ)
BL読みも百合妄想も、作り手と受け手の共犯関係、っちゃあ麗しくもあるが、「本当に乗せられてるって自覚を持った乗り方」をしているか、一度自分に訊いてみてもいいんじゃない?
って偉そうに言ってるが、自戒です。もちろん。16年以上「ほのなぎ〜」とかほざいてる自分へ戒め。
だけどさ、世の中には「かかわるだけでしょうもなくなる」、そういう〈もの〉が確実に存在してて、賛同するのも、反逆するのも、無関心という関係を築いてしまうも、みんなしょうもない。
別に仮面ライダーは悪くない。佐藤健くんには超萌える(燃える)。
でもさあ、みんな、こんなくそったれな世界に住んでて、よくやってるよね。
これは皮肉でも何でもなく、こんな世界に生きてるだけで、あなたは褒められる価値がある。僕に褒められても何の価値もないが。
だけど、僕は「『わかってるんですよ、わかって乗せられてるんですよ』ということの欺瞞に気づいた上で乗せられてるんですよ」(この「」『』は無限に増える)、という「乗り」にほとほと疲れた。
汝らのうちオタクにあらざるもののみ石を投げよ、ってことなのかもしれないけど、僕は石を持ったら、まず自分を殴る。世界を殴る代わりに。ただ僕はいま、石を持たないようにしている。そういう意志。石だけに。物を投げてください。
結局何を言いたいかと言うと言いたいことなんかあんまりはない。無言意気地なしね。工藤静香はかなり好きだ。だからどうしたということだが、つまりは意味がないと言う意味だ。
で、世の中には「仮面ライダーについて語る」ことを「醜い」とはっきり意思表示している人たちも確実にいて、その手の人たちと話すと、それはそれで倍くらい疲れるのだった。
季節外れながら、ゴングの(週プロは嫌いだったので)ジャンボ鶴田追悼号を読んでるけど、泣くかもしれない、夜が来る。窓から日本語が聞こえてくる。
うたかたへ自由連想法滅び 大祐
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