〈これは何も象徴しない〉 |
カレーライスを作っていた朝。
市内放送が鳴った。
夏野菜を使おうと、たっぷりの茄子を切った直後だった。
しばらく、という間もなかったのだが、考えて、サイレンに合わせて黙祷した。
何もできない、なんて言うな。
お前にできることなんて、はじめからたかが知れてる。
できることより、できないことのほうが比べようもなく膨大だ。
だからこそ、何もできない、なんて言うな。
野菜を切っただろう? ニンニクと生姜はみじん切りにしたろう? 肉は解凍してそぎ切りにしたろう?
ただそれだけのこと。
これから炒めて、水注いで、蜂蜜とオイスターソース入れて煮て、辛口カレールーを溶いて、煮詰めることができるだろう?
ただそれだけのことをした。
1945年8月6日から、2020年8月6日。
満州から引き揚げてきた父は、焦土の広島市を通ったらしい。「色がなかった」と言っていた。
黙祷の七秒前に茄子切れて 大祐
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