市に虎声あらん

何かの中に何かは無く

 

六月十三日

 柔術の練習に出かける前、RIZIN撮っておこうとHDDのリモコンを手にとれば、どうも電池が切れている。家を探したけれど単4がどうしても無い。対策としてテレビのリモコンから電池を二本外し、HDDに嵌めて録画予約をしてから、また電池をテレビリモコンに戻して画面を消した。この策は何か無駄なことをしているような気がしないでもないが、人生は修行ということで。

 そして帰りに電池を買ってくるのを忘れた。というわけで明日再生するときはまた電池移植の繰り返しをするさだめ。いやコンビニで買ってこいよ。ていうかテレビのリモコン以外に単4が入ってるの、必ずあるだろ、って今書いていて気づいた。おお。われ発見せり。

 ていうか、RIZIN、別にそんなに観たくない。那須川対三人って、どんな猪木対国際三人だよ、くらいの感想しか持たない。いや猪木対はぐれ国際とは違うのでしょうね。違うと言ってよアントン。猪木に言っても仕方ないし、どうこう言えるほど今のRIZINを何にも知らない。

 ちなみに練習が終わって着替えてる時、先生がLINE見て「うわははは!」と爆笑してる。

「甥がすごいこと聞いてきた。『おじさんは、クレベル・コイケに勝てるの?』。あのなあ、相手はプロだぜ!」

 もっとちなみに先生はコイケ選手と柔術でも当たったことは無いそうです。ボンサイ(という道場なのです)勢とは一人も試合したことないとか。柔術は裾野、結構広い。念のため言い添えておくと、先生はめちゃくちゃ強いです。世界は怖いですね。

 とか書いていながら、クレベル選手が勝ったのかどうか、僕はまだ知らない。リモコン面倒くさいしね、と建前言ってしまうけど、ネットもいっさい検索していない。そもそも今日、ほぼネット機器に触っていない。インターネットに限らず、あらゆるメディアを、今日は見たくなかったのだった。今日が六月十三日だから。三沢光晴が死んだ日だから。

 話変わるようで変わっていないのかもしれないが、台湾の新人作家が書いた『リングサイド』所収の「ばあちゃんのエメラルド」、三沢ファンの台湾人青年と祖母の物語なんだけど、良くはできてる。大学の卒制には及第点だ。などと上から目線の嫌なやつに自分がなってしまうのが嫌で、今日「三沢」という文字を視覚に入れたくなかったのだった。こんなことだって書きたくないのだが。

 人は美化される。馬場も鶴田も三沢も、死後すさまじいまでのバイアスがかかった。その点でこの系譜、恐ろしい因縁、などという横溝的なものさえ感じさせる。あえて悪い意味で、って言うけど、全日本は「血族」だったのだと思う。あまりにも非精神病理学的なレベルにおいて。川田がある意味ではその象徴的な症例と言えるかもしれない。父と兄を不用意に希求してしまう次男、なんて言う比喩はもう比喩の意味を成さない。髙田を慕ったり、曖昧なままラーメン屋を始めたりする(ように見える)のはもうそれ自体、「自体」だ。「俺だけの王道」を?のままに提示しておくか。そして川田は美化されない。今のところは。

 死は美化される。

 「美化」という言葉に潜む嗜虐喚起性をもちろん踏まえて言っている。誰かの死を願うことはたぶん信仰とイコールでつながる。三沢は美しい信仰、という言葉はメタレベルで「んなもん、美しくも何ともねえよ」という美化をさらにメタ的な「美しくねえよ」という無限連鎖を惹起する。

 僕が何にこんな刺々しくなっているか自分では承知している、という錯誤。生前彼らのことをあれだけ侮蔑しながら死後賞賛のよだれを垂らす連中への怒り、などはあまりに善悪二元論に過ぎるし、自分を「善」と信仰することで、どうしようもない自分への傷害にしかならない。

 死は美化される。

 この世界は死によって成り立っている。

 だから僕はもういいのだ、と言いたい。死は否定するものでも肯定するものでもない。人は死ぬのだから。ただそこに、死、という無がある。言い方を変えれば無が無い。

 失う、ことは間違いなく何かの過剰だ。そもそも僕らは誰一人として「三沢光晴」を所有していなかったのだから。いまの僕らには三沢光晴が過剰だ。

 だからもういいのだ。美しくないことの美しさとか、そんな美は要らない。ただ僕は死ぬ。五秒後かもしれないし2000年後かもしれない。それもどうでもいいのだ。

 六月十三日。

 その日が未来またくる時、僕は「情報」というものを受けいられるだろうか。

 この駄文が誰にも読まれないことを真実に願う。書いておいて矛盾も甚だしいが、この文章は誰にも読まれたくないと、もうすぐ公開ボタンを押す段になって、混じり気なく願っている。

 誰の上にも、愛した人にも憎んだ人にもそうでない人もどうでもいい人にも、良い夜がありますように。そして良い朝がありますように。祈っている。

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