老人と宇宙

 

愛に時間を、時間に愛を

十月二十三日

 

 本体価格2円という、よく考えると誰も幸せにしないシステムの密林から『老人力のふしぎ』赤瀬川原平・著(朝日新聞社)届く。ろ、老人力ですぜ旦那。そういやいっとき流行ったなあーと遠い日に思い出を巡らせば、発行1998年。アンゴルモアさえ復活してない年ですね。

 ちくまの「老人力」シリーズの便乗って言えばそれだけなんだけど(謳い文句上、ムーブメントの同時発生という体になってる。体は)、これは赤瀬川先生とゲストと、それだけじゃゲンペーさん保たないから、あと南伸坊画伯とか気心の知れた身内を入れた鼎談の図式。

 そのゲストの中に、ジャイアント馬場がいるのである。

 プロレスラーが「老人」って認めるのも凄いが、散々老人老人と、下手すりゃ二十代の頃から言われ続けてきた馬場さんは度量が違う。当時としては斬新だったんすよー、老人プロレスって。昨今となっては鶴田以外の鶴藤長天が平気でオーバー60してましたけど。

 

 馬場「今、僕はよく言うんですよ。『おまえら、おれの歳になったやつはいないんだから、わかりゃしないだろう』って」

 

 とのことですが、天龍長州がなんであそこまで現役こだわったか妄想膨らみますね。あのブルシット馬場よりは長くやりたい、という。藤波はほんとによくわからない。藤波沼は底が丸見えなのかどうかもわからない。そもそも沼なのかどうかもわからない。わっからない! わっからない! もう何が何やら。

 で、馬場さんと赤瀬川先生と南画伯が鼎談してるわけだが、これがまあ「微粒子レベルで存在」というネット死語を引き合いに出したくなるほど儚げに存在している。馬場さんは例によって喋らない! 赤瀬川先生と南画伯が二人で対話して、なんとか場をこの世にあらしめてる感じ。想像だけど、実際は馬場さんもっと無言だったんだろーなー。紙幅かなり余ったらしく、(ジャイアント馬場退場)と書かれた後に、赤&南の感想戦みたいな余談でページ埋めてるし。

 まあ馬場さんはいつもの話、「酒は飲めないんですよ」と言っておきながら実はいくら飲んでも酔わないだけだったり、靴が無くて野球部じゃなく美術部に入ってたり、力道山がイカれてたりをさらっと語っているのだが、こんな重要なことも開陳していたんである。

 

 馬場「その人が左足を出した途端に、ふっと左側に引っ張ると、その人は簡単にこけますよ。(略)そこのところは歳をとってきますとわかりますね。(略)ですから、『うそだろう』なんていう技が出ますよね」

 

 いやプロレスって競技の性質上そういうもんじゃ……。それともこれが「シューティングを超えたプロレス」なのか。たぶんそうだよね。違う違うそうじゃそうじゃない君を忘れない。意味ないです。っていうか、その「左側に引っ張る」って理論、格闘技の基礎の基礎なのでは……。いやシューティング超えてるから無問題!

 ここだけでも読む価値はあるから本体価格3円でもマストバイ! 何せあかみな(赤瀬川×南)が「量り難い人だった」と嘆息するから、それだけで資本主義の限界に挑戦しがいもあるというものだ。ア・マ・ゾーン!(ライダー風に)

 さてそんな本書、「あとがきにかえて」は赤瀬川原平、南伸坊、藤森照信先生の三巨頭による鼎談。

 これ、本人たちも明言してるけど、あの懐かしの「路上観察学会」なんですねー。わからない若者は検索しましょう。と老人力がつきはじめた(生来ついていた)僕が言う。「トマソン」って聞いたことないすか? トマソン。「ヴァーチャル・ライト」にも出てきたのはトマソンが凄いのかギブスンの小ネタ蒐集力が凄いのかはわからない。おそらく後者だとは思うが。(ところで「人名がそのままジャンルになった」という点で川柳と近似点ありません? 川柳=トマソン説。これ何の意味もない説なので誰か研究してみてください)

 しかし懐かしいなー。この並び。僕は勝手に「週刊朝日文化圏」って呼んでんだけど。いや小学生の頃、親に怒られながら週刊朝日読んでたら、自然とこの辺の人たちの名前が馴染みになってしまいましてね。もっと適切な文化圏の呼び方ってあるんだろうけど。

 ボードリヤール片手にAKIRAを資本主義の差異において語るのがオシャレだった(あえてオシャレ、という単語を使いました)天国のような地獄のような時代があったのですよ。『神曲崩壊』で山田風太郎に目覚めたのも週刊朝日でした。個人的に。

 で、その朝日、すっかり「老人雑誌」と化しているのがしみじみと哀愁でいと。もうネタが古いのしか出てこない。それはともかくいい加減東大・京大合格者ランキングなんてやめればいいのに。それだけでイメージは改善されますよ。と老婆心ながら書いておく。

 だけど「老人雑誌」にしては(今の雑誌なんてみんな老人向けだ。余計なことを言うけどジャンプなんて老人ジャンプだ)、肝心の「老人力」がない。

 これは別の雑誌だけど、「死ぬまで性行為がしたい」って公言してるの見ると、ああ、20世紀末を席巻した「老人力」って何も貢献しなかったんだなあ、とちょっと悲しい。悲しい気分でジョーク。哀しいだったか検索しない。

 そもそも「老人力」って何? っていう人は検索してください。という老人力。そっかー。やっぱ世界は老人の世界なんですね。『グレイべアド』の主人公は(小説上は)僕と同じ年代の生まれ。やれやれ。これ笑えないだろ。子供消えてますねー。そういう80年代サイコー! なミッキー・ロークもまた老人。

 結局何が言いたいかと言うと、みんな、武者小路実篤か馬場さんを目指せ! 「僕はもう力がないから」って堂々と言え! ちなみにこの時点で馬場さん59歳! 今の武藤と同じだよ。武藤もすげーけど、スケール違うよ! というようなボケた文章を書いて日々老いてゆきたいものにございます。げほげほ。というようなボケた文章を書いて、無限って怖いね。人間に老後があってよかったよかった。というようなボケた文章を書いて、物を投げないで下さい。

 

  おしぼりで通過儀礼が終わった日 大祐 

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