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| 熱源体がふたつ |
2026年1月27日(水) 晴れ
美容院に行ってきた。短くしてもらった。
すべてが終わってもう取り返しがつかなくなったあと、美容師さんに、
「切っといてなんですが、寒そうですね」
と言われる。じゃあ切らんといてくださいよお。
駅で切符買う。「ブレンド句会」のため町田行き。
ユニクロでパートナーがニット買う。
俺も思わず黄色いニット買ってしまう。
「格闘技もまた言語ではないか。その視点から短詩型、ひいては〈川柳〉を読み解くことができるのではないか」
と思いつくが、どう取り組めばいいのか、もう少し手を動かして考えをまとめることにする。
とりあえず現在のある程度の見通し。
「技」とは体系のなかのシーニュであり、シニフィアン(技のみかけ)とシニフィエ(実際の効果)を持つ。シニフィアンの戯れ(古いジャーゴンだ)の上にフェイクファイトは踊るのか、あるいは言語の中で「偽」とされるものが八百長という図式は成り立つか?
そしてそれは、17音という「リング」or「ケージ」(もしくはラウンド。この空間と時間のずれは重要な意味を有する)を常に意識する短詩型をいかに「試合」として存在せしめているのか?
かなりいまの俺には手が余る。勉強して考えよう。
でも近日中にnoteで公開予定。(唐突に「あなた」に向かって)読んでね。
とりあえず今日は〆切の近いものを片付ける。
『川柳EXPO』はアクの強いのができた。『川柳スパイラル』はアクのえぐいのができた。俺の川柳なんて結局はアクなんである。
『スパイラル』の連載「かわうそ日記」を夜のスターバックスで書きはじめる。人間の業というやつで、なんのかんの言いながら最後まで書いてしまう。昨年の手術をめぐる闘病記。結構おもしろいものが書けた。(不意打ちにふたたび「あなた」のほうを向いて)読んでね。
梅棹忠夫『知的生産の技術』をひさびさに読んで、俺たちにはそういう金も暇もねえんだよお! とは思うがデジタルが金と暇のジェネリックになるのか? でもそういう「手触り」のないものはどうかと思うなー。にしても(もうすっかり廃れてしまったが)「ワープロか手書きか」という論争を数十年先取りしているのは結構すごくね? けっきょく未来というのは過去に胚胎しているもので、だからこそレトロフューチャーなんてものができるのだ。SFとしての梅棹忠夫。小松左京とのつながり考えるとべつに突拍子もないことを言ってはいない。
大室幹雄『劇場都市』はまだ読んでるとこ。
明日は表の仕事。
エチオピアンジャズ聴いて、何食わぬ顔で放置ブログ更新。寝る。
毛蟹をつなげる人間製作所 大祐
#格闘技 #言語 #川柳 #知的生産の技術

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